タイトル 「コンピュータで作る現代のヒエログリフ」 リード 「デザインのエレメントに直接さわる感覚」 杉崎真之助 SUGISAKI Shinnosuke 文字を織る・文字を編む  文字の繰り返し、サイズの拡大・縮小、字間・行間の変化。重ねる、裏返す、変形する。すると漢字の意味性、かなの表音性が、新たなカタチとなって現れる。コンピュータは私とともにリアルタイムに文字を生成していく。スタディ、試作、シミュレーションすべてが無限であり、自由である。  こうしたいわば遊びのなかから生まれてきた試作が実際に活かされた一つの例が、「モリサワフォントカタログ」(*1)の仕事である。ベーシックな組版を大切にする理念とデジタルフォントの先進性のふたつのメッセージをこのカタログに求めたのである。いたずらにデジタルっぽい表現を拡大するのではなく、基本を踏まえた簡潔な構造を持ち、さらに、ぎりぎりまで未来性を訴求していく組版のサンプルを作るということをめざしてみた。 重ねることで見えないカタチが見えてくる  つぎに視点を文字から画像に移そう。デジタル上では画像は細かなピクセル(画素)に分解され、そのひとつひとつが数字のデータとして記述される。感光材や絵具によってではなく、0か1のビットとして存在する。デジタル技術によって、画像もまた文字と同様に物質の呪縛から解き放たれて自由である。  ピクセルをどんどん拡大していくと、それは四角いユニットの集まりである。印刷のスクリーン(網点)が美しいように、このピクセルのテクスチャーも美しいと私は考える。高解像度を競うのではなく、低解像度の画像とそれを定着する紙の質感を楽しんでみるのだ。  以前からポジフィルムを重ね合わせる手法に興味があった。とくに花と花あるいは顔と顔というように同じモチーフを左右上下シンメトリーに重ねて見ると、元の形態の奥にあるもう一つの形態が立ち現れてくるようで大変楽しい。人体を左右にシンメトリーに分解する。今度は部分を再度上下に展開して構成してみる。するとシンメトリーな像のなかに生命の形態の原形のようなフォルムが現れてくる。そんなことを繰り返しているうちに「Invisible Shape」という作品群になっていった。 偶然からの発見  日常のデザインの仕事は、条件や枠組をしっかり設定したうえで具体的な表現に移るのだが、そういった方法論からまったく離れて、コンピュータ上で自由にイメージを膨らませていくこともデザインの醍醐味である。こういった意味性、論理から離れた行為のなかに、新しい表現の糸口がたくさんある。仕事に反映することをあまり意識せず、しかし深入りしない程度に楽しむことを意識している。Illustratorのブレンド機能とグラデーションを組み合わせた遊びのなかから「Pixelscape展」(*2)のポスターが生まれていった。  デジタルデータとしての作品は画面上では72dpiの画像である。拡大しても、縮小してもリアルな空間との関係性は生じない。それがモニターというインターフェースの限界であろう。それに対してプリントされた作品はそれ自体、リアルなサイズを持つ。空間に対してある大きさをもって存在する。そこがデジタルデータを印刷という手法で紙の上に再現することの面白さであり、難しさである。しかしハードディスクにデータとして存在する画像や文字を紙の上にインクによって展開する過程が、私にとってデザインを皮膚感覚として実感する大切な体験なのだ。 *1 MORISAWA FONTカタログ(1997、1998) デジタルフォントのカタログ。安易なエフェクトでデジタルを表現するのではなく、文字組の基本を踏まえながら未来の組版を追及してみた。 *2 Pixelscape展ポスター(1997) ブレンド処理とグラデーション処理をしたベクトルデータをラスターイメージのやや低解像度の画像に変換。このピクセルの美しさをいかに製版データに変換、インクで紙に定着させるか。実はここからの道のりが結構長い。