● 授業テーマ(2/2) |
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グラフィックデザイナーにとって、「ブックデザイン」は実に魅力に富んだ仕事である。多様化し、日々拡張し続けるデザインの領域を考えても、ブックデザインほど様々な表現要素を内包しているものはない。紙一枚の平面で完結するポスターも、シンプルで潔い表現媒体として充分な魅力を兼ね備えているが、新聞広告などと同じで、ある一定期間が過ぎると消えてしまう運命にある。それに比べてブックデザインは普遍性をもっており、好きなときに取り出して眺めることもできる。また、書物を手にしたときに感じる心地よい量感や重層感覚、紙の表皮の持つ微妙な質感や肌触りといった触覚も、ブックデザイン特有のオブジェ感覚なのである。ブックデザインとは、人間の持つ諸器官を総動員して体感できる「五感的デザイン」であると考えられよう。
ブックデザインの対象は、本のカバーだけではない。表紙、見返し、目次、本文扉、本文、奥付、ノンブルや本文の書体の指定から、カバーに巻き付ける帯に至るまで、本が本という立体物として成立するための、すべての造本設計に及んでいる。また、知的空間と情報宇宙、それに立体造形としての側面を併せ持つ「本」は、次々にぺ一ジをめくるという意味では映画的でもある。カバーというタイトルから始まり、見返し、扉へと展開する時間的経過は、本文というドラマに向かうためのイントロダクションであるともいえよう。(中略)「編集」という言葉は、これまで長い間「創作」を陰で支える、いわば裏方的存在としてのニュアンスで使われてきた。しかし「創作」にとって最も重要とされてきた「新しさ」がすでに出尽くしたと思われる現代、「編集」のもつ可能性が、再認識されようとしているのではないかと考えている。つまり、すでにあるものの中からでも、独自の観点によって素材を取捨選択し、配列を変えたりすることによって、新たな価値を持った個性を創りあげる――そこにこそ「創作」にも換わり得る「編集」の醍醐味があるのではないか。
文◎田名網敬一
「編む―intertextuality」(未知なる可能性を求めて)
[第9回国際デザインコンペティションテーマ]
糸を編む、毛を編む、本を編む。編むという行為は、異なるものを一つに縒り合わせることをいう。だから、異なるものの多様性が前提になる。そして、多様性を相互に、内側から関係づけることが肝要になる。異なるテキスチュア、異なる文化、異なる性、異なる世代、異なる感受性、異なる思考…。それらを編むことで、線が面に変わる、立体に変わる。次元が変わってしまうのだ。それらが縒り合わされることによって、それぞれが持っていなかった未知のテキスチュア、未知の感受性、未知の思考、未知のネットワークが生まれる。異質なものが接触し、折り重なることで、関係が変わってしまうのだ。文章(テキスト)、触感(テキスチュア)、テキスタイル(織物)……未知のそれは、いろいろなテキスト、テキスチュア、テキスタイルの縒り合わせのなかから生まれる。異質なものを編んだものは、一個の均質な物質の塊よりもはるかに強い。空白を宿しているから、目のつまったものよりも可塑性があって、軽くて剛い。素ひて便利なことには、緩んでくればいつでも編みなおすこと、編み換えることができる。編みなおすことで、物を変えずに新たな生命を注ぎ込むことができる。編むこと、それは異なるものの交流の原理、インターフェイスの原理であるとともに、リサイクルの原理でもあるのだ。
文◎鷲田清一
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鷲田清一
わしだ・きよかず
1949−
大阪大学教授。モードと身体についての哲学的批評、ファッション論などまで幅広く現代社会を考察。1989年サントリー学芸賞受賞。著書『モードの迷宮』『最後のモード』など。
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